「筒井門の礎石」を見に行こう!
先日、松前町の松前城碑へ写真撮影に行ったことを書きました。
(そのブログ記事を見てから読んでくださると、ありがたいです)
その松前城碑から少し住宅街に入ったところの道路に、
松前城の『筒井門の礎石』が残っています。 [地図]
松前城碑を見たら、是非この礎石も見ることをお勧めします。
『筒井門の礎石』に関しては、次のページで解説されています。
礎石の写真も掲載されています。
ここの写真で確認してから、地図で調べて見にいくといいでしょう。
加藤嘉明は文禄4年(1595年)に、伊予正木(松前)に封ぜられました。
関ヶ原で功績をあげ、伊予松山へ加増移封されることになります。
居城を正木(松前)城から築城した松山城へ移したわけですが、
その際、正木城「筒井門」が松山城へ移築されたとされています。
実は、松山城の筒井門は現存して、松山城で見られるんですね!!
松山城において筒井門は、最も重要かつ堅固な櫓門とされています。
詳細は次のページで。
「正木城から移建されたと伝えられる松山城最大の門です」
とあります。ということは、つまり!!
『今の松前町「筒井門の礎石」の場に、今の松山城の筒井門があった』
わけです………………ねっ。
おおー。ロマンだー。
そお思いません?
というわけでー。
ぜひ松前町の松前城『筒井門の礎石』を見学に行ってください。
そのあと近くの大判焼屋で太鼓饅(たいこまん)を買いましょう。 [地図]
さらに特産物である珍味も買うとGood !! (地域振興、地域振興っと)
そして人に会ったらハッキリ言いましょう。(ココログのアドレス提示許可)
『浅学斎さんのブログを見て、この場所に来たんですっ!!』
※まずコチラから「決して怪しい者ではありません」と、切り出すことを忘れずに
さて、また歴史ロマン探訪の旅に出なければ (意味深長 ^^;)。
ぢゃ。
(そのブログ記事を見てから読んでくださると、ありがたいです)
その松前城碑から少し住宅街に入ったところの道路に、
松前城の『筒井門の礎石』が残っています。 [地図]
松前城碑を見たら、是非この礎石も見ることをお勧めします。
『筒井門の礎石』に関しては、次のページで解説されています。
礎石の写真も掲載されています。
ここの写真で確認してから、地図で調べて見にいくといいでしょう。
加藤嘉明は文禄4年(1595年)に、伊予正木(松前)に封ぜられました。
関ヶ原で功績をあげ、伊予松山へ加増移封されることになります。
居城を正木(松前)城から築城した松山城へ移したわけですが、
その際、正木城「筒井門」が松山城へ移築されたとされています。
実は、松山城の筒井門は現存して、松山城で見られるんですね!!
松山城において筒井門は、最も重要かつ堅固な櫓門とされています。
詳細は次のページで。
- 松山城のサイトにアクセス ( http://www.matsuyamajo.jp/ )
- 左の [ みどころ & Topics ] 内の [ 天守・櫓・門 ] をクリック
- 表示ページの下のほうで「筒井門」を解説
「正木城から移建されたと伝えられる松山城最大の門です」
とあります。ということは、つまり!!
『今の松前町「筒井門の礎石」の場に、今の松山城の筒井門があった』
わけです………………ねっ。
おおー。ロマンだー。
そお思いません?
というわけでー。
ぜひ松前町の松前城『筒井門の礎石』を見学に行ってください。
そのあと近くの大判焼屋で太鼓饅(たいこまん)を買いましょう。 [地図]
さらに特産物である珍味も買うとGood !! (地域振興、地域振興っと)
そして人に会ったらハッキリ言いましょう。(ココログのアドレス提示許可)
『浅学斎さんのブログを見て、この場所に来たんですっ!!』
※まずコチラから「決して怪しい者ではありません」と、切り出すことを忘れずに
さて、また歴史ロマン探訪の旅に出なければ (意味深長 ^^;)。
ぢゃ。
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